日本列島を大小の「いろり端のある家」がおおっていたのは、今からたった一四〇年くらい以前のことなのだが、その風景を想像することがすでに難しくなっている。「いろり端のある家」の建築材料は木と竹と土だが、素材に耐久性がないというわけではない。木造の家はけっこう風雪と年月に耐える。「いろり端のある家」、なかでも「小さな家」は朽ち果てたのではなく、取り壊されたり、改造、増築されて目にふれなくなったものと思われる。
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住まいの変化はむしろ中身の生活の激変に起因する。では、大小の「いろり端のある家」が生きられていた時代の内部構造の記録、いろりを中心にした人間関係と生活の記憶は、民俗博物館の他にはどこに探しに行けばよいのか。