強硬手段をとった最初の自治体、川西市

2011.11.19

川崎市の「施行基準」はまだ事業者にたいする市長の「お願い」というトーンが濃厚だったが、公共施設の建設費を負担しない大規模団地の開発申請は、これを棚上げにするという強硬姿勢をとる自治体がでてきた。大阪へ三十分の通勤圏内にある川西市がそうした強硬手段をとった最初の自治体となった。かつて大阪郊外の田園地帯であった同市は、一九六七年に「川西市住宅地造成事業に関する指導要綱」を制定した。要綱とは自治体が定める開発規制のルールといえる。

[参考]
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この要綱は、開発業者に事前協議を求め、公共設備の設置に応じなければ、たとえ都市計画法や建築基準法に合っていても、開発許可や建築確認を保留する可能性を盛り込むことで、業者に圧力をかける仕組みになっていた。同市では、水田を造成したところに文化住宅という名の粗悪な木造住宅が乱立し、そのうえに、大手デベロペパーの大規模団地の大量進出が続き、公共投資の急増で財政はパンク状態になっていた。一九六三年度の公共事業費が全予算に占める割合は二二%だったが、一九六七年度には三八%で、一九七〇年度には六〇%をこえる計算だった。